(旧)週間買った本

2013年まではてなダイアリーに書いたもの。

『プールサイド小景・静物』

庄野潤三 新潮文庫
まだ冒頭の短編「舞踏」のみ。1950年に発表。わざわざ西暦にしてみたが昭和25年のほうが明らかにしっくりくる。読んでいて成瀬巳喜男『めし』*1を思い出した。
結婚5年目で長女が3歳、夫は安月給の市役所勤め、そこに起こる夫婦の危機を、夫の身勝手な思い、妻の孤独感をポイントに描いている。気になったところを抜き書きすると、「王様の耳は馬の耳」という妻の話…馬?。24歳の妻の「勉強ばっかりするな、こらァ」という夫への言葉。夜ひとり路地で縄跳びをする妻。夫の想像する現代の日本の家庭のアミュウズメントがピンポン・バドミントン。ラストの場面、家の2階で巴里祭を祝い、ワルツを踊る二人、それも5、6曲。
家庭の危機は、不吉だが、何ということはなく生まれ、自然にあるようなものとして見られてしまうので、人々は「つい」それに慣れてしまう。これがこの短編のテーマであり、よく書けていると思う。淡々とした二人の行動と心理描写は効果をあげている。話はそうした状態に慣れ始めるところで終わってしまうが、その後も危機を抱えたまま破綻しない家庭の姿が想像される。
少し繰り返しになってしまうが、興味深いのは「か細く暮らしている」のに、街中と思しきところの2階建て、展覧会でデュフィの絵を見る妻、浮気相手と音楽会に行く夫、登場人物の唱歌を歌う場面、最後の二人の「舞踏」など、金持ちではないのだろうが、妙に幸福感が漂う描写である。これが終戦5年後の生活として不自然でないなら、またそういうものを書かなければいけないというバイアスがあったのでなければ、戦後の混乱期の雰囲気と対照的な「解放された」幸福な雰囲気というのはなかなか面白い。私は時代的に幸福な雰囲気が漂っているところを体感したことがないからだ。

*1:後で調べてみると、映画は昭和26年公開。原作の林芙美子朝日新聞連載『めし』も同年。ただし作者急逝のため未完。